「故郷のわが家」
2010/05/28(Fri)
この物語は、都会で暮らす65歳の笑子さんが今は誰も住まなくなった生家を処分するために過ごした故郷の日々をつづった物語である。だから、相棒の犬フジ子をつれて故郷の自然を歩く笑子さんは、風の中に紛れ込んでしまうようなフィット感を持っていてうらやましい。一方で、汗や匂いの染み付いた家族の思い出の品々を実に淡々と片付ける笑子さんがいる。このさっぱり感は何だろう。今、物理的な距離感とは別にテクノロジーによって時間地図はどんどんとその姿を変えている。犀星が詠んだ「ふるさとは遠きにありて思ふもの、そして悲しくうたふもの・・・」などと言った思いは、もう存在しないことを笑子さんは分かっているのだろうか・・・そうだとするとちょっと寂しい気がする。自分が生まれ育った場所は、残念ながら典型的な郊外の風景となってしまった。それでもたまに散歩に出かけると、深呼吸などしたくなる。生まれ育った場所は、不思議な所である。体の中に住み着いているものを思う一冊である。
*村田喜代子著 新潮社 2010
No.155
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