「廃墟に乞う」
2010/04/07(Wed)
経験に裏打ちされた感なんてものは、今時通用にない風潮にある。それでもそこがとても大事だと思っている。例えば、工場で機械を制御するPC画面が正常でも、何時もと違う音に危険を察知するベテラン工員の行動は、大きな事故を防ぐ。医療技術が進んでも、検査データーにはない患者の顔色や症状を見て懸けてくれるベテラン看護士のやさしい一言は、命をつなぐ。この物語に出てくる老刑事も然りである。一つ一つ聞き取りをしながら地道に犯人を割り出して行く。そこには、どんでん返しなどないリアリズムが流れている。それでもある時、取調中の犯人から「俺の故郷に行ったことのないやつに何がわかる」と、言われ戸惑う場面がある。人のナイーブな感情の深さは、経験に裏打ちされた感をも狂わせる。感と感情の奥深さを思う、味わい深い一冊である。
*佐々木 譲著 文藝春秋 2009
No.145
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