「海炭市叙景」
2010/12/24(Fri)
右肩上がりの世の中が終り先が見えない今、市井の人々の気持ちは皆、住まいの窓から見える切り取られた日常のごとくに個人的て内向きだ。ささやかな幸せを思う気持ちを悪いとは言わないが、それをいくら集めても見えてこない何か大切な物が、霞んでしまっているような気がしている。それは、一つの例えとして桜をどう楽しむかと言ったとき、満開の桜を見上げるイメージの事だ。そこには、何故なのか心開かれる力強さと包みこまれるような安心感、そして儚さがある。大切なもの・・・皆の風景のなかに桜はある。この物語は、一年365日春や夏、そして秋に冬、昨年も今年もきっと来年も、誰のもとにも一日はやってくる。そして嬉しい事や辛い事、夢や挫折・・・いろんな思いを持ちながら同じ街で真面目に働き暮らしている18人、それぞれが描かれている。一人一人を見守るように書かれたこの物語は、満開の桜を見上げた時と同じ感覚を覚える一冊である。
*佐藤 泰志著 小学館文庫 2010
No.190
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